生きたまま埋めるのはかわいそうだよ

シュールな世界観がいいね~って棒読みで言って

始まり

最近、ストレスのせいか間食をしがちになってきて、気づいたら体重が7トンになっていた。

「嘘じゃねーか。嘘つくなよ。あと嘘だとしても、面白くないんだよ。やり直し」

最近、常に誰かの視線を感じている。たぶん"永ちゃん"がおれを見ているのだろう。

「"永ちゃん"って、矢沢?」

"永ちゃん"というのは、亡くなった僕の祖父、永嗣(えいじ)のことだ。

「ミスリードを誘うなよ。あと亡くなった祖父が見守ってるって普通のいい話だろ。面白くないんだよ。やり直し」

最近、歯を磨くのが億劫で、金を払って誰かにやってもらいたいくらいだと考えている。だが自分でやる。ああ億劫だ。

「やってもらえよ。そこはやってもらった方が面白いだろ。なんで展開できそうな芽を摘み取るんだよ。やり直し」

最近、毎日朝起きるのが大変で、本当に困っている。何かいい方法があったら教えてほしい。

「あの、『最近……』から始めなくてもいいんだよ。だいたいの文章、一行目大事だからね。もうちょっと読者の心つかもうとしてね」

男性の皆さん、女性を"秒速"で痴女化させる「催淫術」のウワサ、聞いたことがありませんか?

「ありません」

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。

「いい感じですね」

長い歳月が流れて銃殺隊の前に立つはめになったとき、恐らくアウレリャノ・ブエンディア大佐は、父親のお供をして初めて氷というものを見た、あの遠い日の午後を思い出したに違いない。

「いいんだけど、さっきからパクリなんだよね。あと『僕ちょっと教養あります』みたいな感じ出さないでくれないかな。見てて恥ずかしい」

うるせーよ。

「え?」

うるせー!

「どうした」

うるせーんだよ。バカが。クソ……。クソが……

「……」

仕事からの帰り道、いつもと変わらない街並みを眺めながら歩いていると、どこからか「ドン……ドン……」という低い打楽器のような音が聴こえてきた。

もう夜も9時を回っているというのに何事だろうと、あたりを見回しながら歩いた。すると、なにかがいつもと違うことに気づいた。

そうだ。私はいつも帰りがけに駐車場の前の自販機でお茶を買って帰るのだが、今日は買わずに通り過ぎてしまったのだ。

その自販機だと他で買うより30円は安くなるから、大した差ではないとはわかりつつも、わざわざ引き返すことにした。

引き返していると、夜なのにこれからどこかへ出かけるかのようで、少し気分が高まった。今週末は夜の街で遊ぶのも悪くないな。そんなことを考えながら歩いていたが、自販機が全く見当たらない。

しばらく、近辺をうろついているうちにわかってきたが、本来、自販機があるはずの駐車場に建物ができたようだ。しかし工事などやっていただろうか。毎日通る道なのだから、建設中の建物があれば気がつくはずだ。そう訝しみながら、諦めて帰ろうと足を踏み出したときに気づいた。

ここ、全く知らない道だ。

いつのまにか来た覚えのない道を歩いている。

ちょっとこの後はまだ思いついてないんですけど。

「うわもったいねえ~~~!!!」

「お姉さんはどこから来たの?」

「お姉さんはねー、お空からやってきたんだよ」

「嘘だよ。子どもだと思ってるんだ」

「嘘じゃないよ。雲の上ってめちゃくちゃ寒いんだよ。でも下に住んでる人たちが気になって、こう(身を乗り出すジェスチャー)やってたらね、ある日落っこちちゃったの」

「雲の上で生活できるわけない。雲は水蒸気でできてる」

「君は小さいのによく知ってるね」

「すぐばれる嘘つく人だいきらい!」

少年は目を見開いた。

「けんともすぐ嘘つく。あいつ変身ベルト持ってるって言ってたの。けんとんちで『変身ベルト見せてよ』って言ったら

『出すのに10分くらいかかる』って言うの。

『10分待つから出してよ』って言ったらこんどは

『やっぱり30分くらいかかるかも』って言うの。だから

『30分待つから出してよ』って言ったの。そしたら

『お母さんに出すなって言われてる』って言ったの。

ほんとは変身ベルトなんて持ってないんだよ」

「けんとくん、君の前でかっこつけちゃったんだね」

「けんとなんかどうでもいい!」

なんて気難しい子どもなんだ。いや、子ども扱いした私が悪いのか。

「嘘ついてごめんね」

「いいよもう。どっか行ってよ」

「じゃあどっか行くね」

私は腰を上げて公園を後にしようとした。

「待って」

少年は慌てて私を追いかけてきた。

「次はほんとの話してね」

少し考えてから私はほんとのことを言った。

「次なんてないよ」

少年は悲しそうな顔をした。

「嘘嘘。次会ったときはほんとの話、するからね」

ほんとの話をすると、私は埼玉から来た。生まれも育ちも埼玉だ。中学と高校は東京の女子校で6年間を過ごした。冬なのに暖かい温水プールみたいに不気味な日々だった。覚えているのは、机にスピッツの歌詞を書いているのを、一番仲がいいと思っていた同級生に笑われていたこととか、こっそり髪を脱色して登校したけど誰からも(教員にすら)指摘されなかったこととか、そんなのばかりだ。

もう全然ダメになっていた。犬だった。俺はいま一匹の犬だった。全ての屈辱を一身に受け、その顔面は卑屈に歪みきっている。だが瞳の奥の光は、まだ消えちゃいない。

「ちょっと、顔洗いたいんだけど」

横を向くと、妹がいた。自宅に一つしかない洗面台の前で、俺がモノローグをかましているところを見られてしまった。

「『瞳の奥の光は、まだ消えてない』んだ。ははははは」

「うわっ。全部言ってた?おれ」

「『俺はずぶ濡れの犬だった』とかなんとか」

「ずぶ濡れとは言ってないよ」

「いいからどいて」

こんなところで油を売っている場合じゃない。俺にはやらなきゃいけないことがある。行かなきゃいけないところがある。それは、八王子市。八王子市って一度も行ったことがない気がする。立川は何回か行ったことがある。あそこまで行くのは、軽い旅ですね。

「輝きだした僕らを誰が、止めることなど出来るだろう」

俺は鼻歌交じりにチャリを漕いで西川口駅へ向かっていた。それが全ての始まりだった、と付け足してみれば何かが始まるような気がしないでもない。

 Yと連絡が取れなくなった。考え得る連絡先は全てあたった。一度だけ彼の家に行ったことがあったから、直接訪問しようと思った。

 寒かった。一度コートを羽織って外に出たが、北風を防ぐことはできそうになかった。見栄えは悪いが防寒性に富んだダウンに着替え、駅に向かった。

 Yはどんな人間か?彼には主体性というものがなかった。いつも周りを見回して、どういった振る舞いをすることが「常識的」であるのかを測らずには、何もできない男だった。いや、こういう人物の分析の仕方は公平性に欠ける。現に、共通の知人であるBは「優しくて少し恥ずかしがりやなところがあるけど、ちゃんと自分の考えをもっている」と評していた。Yに僕がどんな人間か訊いてみるといい。「いつも周りを見回して、どういった振る舞いをすることが『常識的』であるのかを測らずには、何もできない男」だと彼は答えるだろう。そういうことだ。

 Yのことなど忘れてしまってもいいのにと思う。どんなコミュニティーに属していようが、疎外感と無縁ではいられないのがYだった。それは僕にしてもそうだ。だから余りもの同士でペアを組んだような仲がわれわれの関係といってもいいかもしれない。しかしこういった「つまはじき者のエレジー」に陶酔するのはやめよう。それに、彼を自分と同じサイドの人間としてカウントすることは、やはり失礼に当たる。今頃、僕の知らない気の合う仲間たちと楽しくやっているのかもしれない。彼と会えなくて寂しい思いをしているのは僕だけなのか。

 日中のデパートに用のある二十代の若者などそう多くはないだろう。女児向けのアーケードゲームに勤しむ者は別だろうが。もっともこのデパートで、女児向けアーケードゲームに女児以外が居座っているさまを目にしたことはない。地方都市までわざわざ遠征する数寄者もいないということか。この街には行くところがないから、こういうところについ脚を運んでしまう。今日は暇を持て余して立ち寄ったわけではなく、腹を下しているから清潔な便所が必要だった。

 用を足してデパートを出ると、寒風が、鼻をもぎとらんばかりに顔を撫ではらう。目に入るのは飲食店ばかりだ。お好み焼き屋、ラーメン屋、日高屋、魚民、ネパール料理屋、カラオケパブ。自宅付近の飲食店にわざわざ行く意味はない。高架下では小汚い恰好をした、なにで身を立てているのかわからない二人の老人がワンカップと煙草を楽しんでいる。その隣でアジア系の若者が煙草を吸いながらハンズフリーで電話をしている。何事かをまくしたてているようだが、実際は母国のイントネーションにより激しい口調に聴こえているだけかもしれない。

 駅付近の汚い路地を歩いていると、ふと、大きな樽が目に入った。自分の身の丈ほどもある巨大な樽だった。その脇には黒いボードが置いてあった。白いペンで文字が書いてある。

 

  愛はきっと奪うでも奪われるでもなくて気がつけばそこにあるもの♪

 

 ミスチルの歌詞だった。

Yに会いに行くのは明日でもいいかという気持ちになった。

樽を避けて地下への階段を下りて重い扉を開けると、そこは瀟洒なバーのようなところだった。ワイン色の壁に囲まれた空間で、各テーブルに置かれた蝋燭の火と、ジャズの音色を堪能する一人の客の体が揺れていた。他の客も概ね一人で来た男だった。外の寒さと、独り身の男の避けがたい孤独から逃れるため、こうして温かい空間で身を寄せ合っているのだろうか。

僕の来店に気づいた給仕がつかつかと歩み寄ってくる。ベストを着て、蝶ネクタイをつけ、丸い眼鏡をかけたオールドスクールなウェイターだ。人懐っこそうな笑みを浮かべている。

「こんばんは。ご来店は、はじめてでいらっしゃいますか?」

「はい」

「当店会員制となってまして、こちらに簡単にご記入いただきますと、カードを発行いたします。会員の方は、御飲食がすべて半額となります。チャージ料金等も一切かからなくなりますので、ぜひご入会いただければと思うのですが」

「わかりました」

「ありがとうございます。お先にお席までご案内いたします」

名前住所電話番号メールアドレス等を記入し、「店内での客同士のトラブルに当店は一切責任を負わない」といった注意事項にチェックを入れると、つまみにしては、そこそこ量のあるナッツと、なにかよくわからない黄色いカクテルのようなものが運ばれてきた。

「こちらご入会いただきましたので、サービスでございます」

カクテルは甘くてほのかに桃のような香りがした。おいしい。

 腹は減っていなかったのでチーズを頼むと、待っている間、特にやることはなく、しかし酔いが回ってきて心地よかった。

 突然、店内の明かりが落ちた。音楽も鳴りやんだ。客席の中央部にぽっかりと空いたスペースが、ライトアップされた。いままで気づかなかったが、店の奥にスクリーンがある。

 スクリーンには、宇宙空間をメラメラと燃えた隕石が縦横無尽に飛び交うイメージが映された。それらが飛び交う轟音を表現したエフェクトがスピーカーから鳴り響く。隕石の飛翔がおさまると、石板のようなものが宇宙空間に叩きつけられ、そこに焼印が押された。石板に刻印された文字はこう読み取れた。Fight Time。

 店内の両端で二人の男が立ち上がった。中央部にゆっくりと歩きながら衣服を脱ぎ棄てていく。着やせしていたのか、両者ともに筋骨隆々の肉体があらわになり、照明を反射して艶めく。

 向かって右側の男は長髪を後ろで結び、口元に髭を蓄えている。おそらく30代半ばだが、整った顔立ちで、首だけ異様に太く見える。左側の男は、丸坊主で、お世辞にも美男子とは言い難く、生まれつきなのか潰されたのかわからない低い鼻だ。年齢不詳。両方の肩から腕にかけてトライバルのタトゥーが入っている。二人とも、これから行われることを我慢できないといった喜びの表情を浮かべている。

 非常時を告げるかのようなブザー音が店内に響いた。

 両者ともにジャブを打つでもなく睨みあっている。グローブをつけているわけでもないし、身のこなしも街の不良の域を超えるものではない。ほんの冗談のつもりなのかと思いかけたそのとき、長髪が右ストレートを打った。と思ったら彼は床に膝をついていた。カウンターでボディーに左フックが入ったようだ。丸坊主は、ダウンした長髪の髪を掴み、顔を上げさせると、殴り始めた。何度も何度も、血液や歯が木の床に散らばるまで殴り続けた。にっこりとほほ笑んだ給仕が、丸坊主の肩をトントンと叩くと、彼はにやりと笑ってから、動かなくなった長髪を床に放った。

 再びブザーがなり、ユーチューバ―がよく使っているフリー音源のような歓声がスピーカーから再生された。やや間があってからドラムロールが鳴りはじめ、スポットライトが店内を交錯した。まさか自分が照らされることもあり得るのだろうか。冷たい汗を背中に感じながら、固唾をのんでいると、幸いにも別の客が照らされた。僕はいますぐ帰ろうと思った。にやにやしながら立ち上がって服を脱いでいる次の挑戦者を横目に、給仕の方へ駆けつけると、「あの、お釣りいらないんで」と行って、念のため一万円を押しつけた。給仕は「お気をつけてお帰り下さい」とビジネスライクに告げると、ベストのポケットに万札を乱暴にねじこみ、試合の観戦に戻った。僕の方は一瞥もしなかった。

 店を出ると、全身の汗が風に吹きつけられて凍えそうになった。いつも通りの汚くて灰色の街がそこにあった。僕は小走りで路地を駆けていった。

サボり⑪

24歳の僕の話はめちゃくちゃつまらなかった。ああいうのが一番だめだと19歳の僕は思う。もう二度と登場しないでほしい。
最近は、おじさんと土手を滑ったり、空木と喧嘩したり、豚を殺したり、24歳の僕が現れたり、といろいろなことがあって大学をサボり気味になっていた。そろそろゼミの出席数が足りなくなる。ゼミの単位を落として再履修になると、「クローズドな集団に参入する」という心理的障壁の高いことをまたやらなくてはならない。それは避けたい。
久しぶりのゼミでは久生十蘭の「母子像」という短編を取り扱っていた。僕は女の子がたくさんいる空間にいることが嬉しくて、あまり人の発言が耳に入ってこなかった。
ゼミが終わるとすぐ帰る人もいるが、そういう人というのは概して社交的ではない。僕も本来はそういうタイプなのだが、少し人と喋りたくて、わざともたもたとレジュメをトートバッグにしまったり、メールが来ていないか確認したりしていた(来てなかった)。川村さんが話しかけてきた。
「今度ゼミ飲みやるんだけど、来ない?」
「ゼミ飲みかぁ」川村さんは、栗色の長い髪を緩く巻いていて、笑うと目が横に倒した三日月のように細くなるのが色っぽく、笑ってないときでも口角が上がっちゃっている口元がキュートなお嬢さんだったので、二つ返事でイエスと言ってもよかったのだが、いろいろ予定があって忙しいやつなんだと思われたくて、渋るフリをしてしまった。「どうしようかな」
「いこうよう」
この「必要とされている感」くらい心地いいものはない。あとで知ることになるが、川村さんの異様に愛想のいい態度を勘違いしてしまう男はよくいて、でも彼女は媚びているのではなく単に育ちがいいだけだから、いつも変な奴が寄ってきて困っているらしい。それに川村さんには、東大を目指して三浪しているクズの彼氏がいるらしい。一生受かるな。
「うーん、じゃあ行こうかな。いつ?」
別にバイトもしていないのでいつだっていいのだが。
「金曜の5限のあと!」
携帯で予定を確認するふりをして「大丈夫」と答えた。
「来てくれるって」と川村さんが、隣の子に伝えた。
「男子一人じゃん」とその子が答えた。前歯が大きくて背が高い。名前はわからない。
「あれ、空木は?」そういえば今日は空木がいない。
「え、最近見ないよ。仲いいんじゃないの?」と前歯の子が言う。
「いや、別に・・・・・・」
喧嘩したとはいえ、空木のことは多少気になった。しかし、男子一人というのは非常に好都合なので、ゼミ飲みが終わるまでは連絡を取らないようにしようと思った。ちなみにゼミにいるほかの男子は、居酒屋のキャッチみたいなやつも野球部っぽいやつも不参加とのことだった。猫背に眼鏡の、僕が一番推してる女の子も不参加というのはやや残念だった。
このゼミ飲みに参加することで、僕の女性経験は新たなステージへとステップアップする。

サボり⑩

鎌倉に行くつもりで家を出たが、赤羽についたあたりでやはりやめることにした。
別に深い理由があるわけではない。ただ行かなくてもいいと思ったのだ。
湘南新宿ラインに乗って恵比寿に来た。
恵比寿のドトールで一休みしていると、現在、19歳であるはずの僕が、いつのまにか24歳の僕になっていた。僕は、大学を卒業して中小企業の営業職に就いたらしいが、どうやら鬱屈としているらしい。
仕事は大変ではない。サボっているからだ。しかしサボっているといっても要領のいい人のサボり方ではなく、単なる逃避としてのサボりであるため、営業成績は悪い。上司はもちろんそのことには勘付いているのだが、僕の自主性を尊重してか、遠回しにしか指摘してこない。いつ本気で怒られるのかがわからず、常に怯えながらサボり続けている。
会社の外では子供の小さな悪事自慢のように「今日はこれだけサボった」と吹聴して回っているが、そのことも、いつ上司に怒られるかわからない不安感を誤魔化しているだけなので、自分を情けなく思うだけだ。
そんなに後ろめたいと思うのならちゃんと仕事をすればいいじゃないかと誰もが思うだろうが、全くやる気が湧いてこない。
先ほど転職サイトに面談のメールを送った。しかし他の仕事がしたいわけでもない。
こうして思考をわかりやすい形で言葉にしてまとめるのは落ち着く。それ以外はTwitterを眺めるくらいしかやることはない。
いまこうして書いていることはすでに何百回と考えて、実際に活字にしたこともある思考に過ぎない。もしかしなくても、これを読んでいる人の大半は聞き飽きた話だろう。
こんなことはいくら考えても前に進めないとも思う。では、僕は実際に行動を始めるべきなのだろうか。
思考と行動の二項対立があるとして、ものを書くということはどちらに属するのだろうか。よく政治的な発言をする学者や評論家に対して、「そんな机上の空論を述べてないで実際に行動しろ」という人がいる。僕は、それはおかしいとも思うし、そうかもしれないとも思う。
僕だって政治的な発言をしてもいい。どれだけかっこいい思考を文章にして披露してもいい。でも僕は、親元も離れず、仕事もサボって、甘えた生活を送っている雑魚の市民なのだ。僕がどんなことを言っても説得力がない気がする。
以前にTwitterである人が言っていたが「反権力」を標榜しているような人が実家暮らしのブルジョワ文筆業者だったりするのだ。あと町田康も言っていたが、パンクというのは聞きたいと思う人が少ないので食っていけない。パンクをやるにはなんらかの副業をしなければならないので、結局生き様としてはパンクではない、と(生き様云々は町田康が言っていたのではなく僕の解釈だ)。
19歳の僕は思う。「24歳の俺の話長いなぁ」
24歳の僕は答える。「ごめんね。悪いけどこれまだまだ続くんだ。でも今日めずらしくこの後アポあるからいったん中断するね。じゃあまたあとで!」

サボり⑨

ホームセンターで買った断ち切り鋏をもって千葉県の君津駅まで電車で移動した。
牧場内では多くの家族連れの客が休暇を満喫していた。トイレで断ち切り鋏を開封し、後ろ手に持った状態で柵に近づき、至極当然といった顔つきで乗り越え、豚小屋に入り込んだ。断ち切り鋏を振りかぶって思い切り豚の背中に突き刺そうとした。が、刃は豚の表皮を滑り、軽い切り傷をつけたにとどまった。豚がゴムで流し台を擦ったかのような甲高い声で鳴く。もう一度振りかぶって突き刺そうとしたが、やはり滑る。予想以上に素早い動きで豚が逃げるので、まだ状況を理解していない目をした別の豚を上から抑え込み、断ち切り鋏を真下に向けて突き刺した。豚の表皮が避け、新鮮な果汁のように血液が溢れ出すが、刃は2センチほど刺さったのみだ。駆けつけた飼育員の男が、「おい、やめろ!」と叫ぶが、刃物を恐れてか近寄ろうとはしない。どれだけ力を入れても豚が鳴き叫び暴れるのみでこれ以上深くは刺さりそうにない。断ち切り鋏を抜き取り、眼前に翳しながら慎重に柵を乗り越える。絶対に飼育員から目を離さない。彼は両手を胸の前に構えているが、指先は震えている。柵の上から飛び降り全速力で牧場を駆け抜ける。来客は悲鳴を挙げる。母は子を庇い、男はガールフレンドの手を取り、道を開けてくれる。ゲートを越えるときものすごいスピードで警備員が駆け寄ってくる。なるべく鋏をもった腕を強く振り回して威嚇しながら自動改札機のフラップドアのようなものを蹴破る。牧場を出ると誰も追ってこなくなったため、鋏をポケットにしまい、ペースを落とし、上がった息を整えながら、駅へと向かった。黒いTシャツを着ていたのが幸いし、返り血はあまり目立たなかった。
家に帰ると服を脱いで全てビニール袋に詰めてから全裸で布団を被って寝てしまった。
起きると午後1時だった。最近は大体いつも眠い。大学の講義はそれなりに受けるようにしているが、音楽鑑賞サークル「天狗」に顔を出すことはなくなった。空木とも会うには会うが、2,3分世間話をするだけで一緒に昼食をとったりはしない。そのように人付き合いを断つとやはり暇が生まれるわけで、何か面白いことないかなと考えていた。
本屋、図書館、ブックオフなどは頻繁に行き過ぎているので、行けば行くほど自分の人生が同じことの繰り返しのように思えてくる。今日は少し趣向を変えて海にでもいってみようかと思った。
僕にとって海といえば鎌倉だ。やはり関東圏で手軽に海に行くとなると鎌倉になってくる。他にもあるのかもしれないが、鎌倉だろう。とにかく鎌倉である。赤羽から湘南新宿ラインで一本だ。海に浸かってもいいように短パンを履き、脚を拭けるタオルを用意して、いざ出発。