生きたまま埋めるのはかわいそうだよ

シュールな世界観がいいね~って棒読みで言って

サボり⑦

次の日も荒川の土手に行ったが、おじさんはいなかった。大学の講義があったので、少し日光浴をしてから引き上げた。その次の日は雨が降っていて、大学に行く気にもなれなかったので、家でゴロゴロしていた。その次の日に土手に行くとおじさんがいた。おじさんは、僕のいるいないに関わらず毎日土手に来ていたらしい。
おじさんは博識なようで、仏教の話や哲学の話をいろいろしてくれたが、僕にはほとんど理解できなかった。おじさんは柳宗悦の本をくれた。
ゼミが始まる前の時間に、柳宗悦の本を漫然と眺めていると空木が話しかけてきた。
「どうしたの、本なんか読んで」
「おじさんにもらったんだ」
「おじさん?」
「まあ、話すと長くなる。それより今日テストやるんだっけ。何出るか知ってる?」
空木も出題内容は把握してなかったが、テストというより授業内レポートだったので、適当にお茶を濁した。
学食に行こうと空木を誘った。
「なんか久しぶりだな。最近どうよ?」
空木がラーメンを啜る手を止めて言った。
「最近どうよ、っていうのは漠然とした質問だよね」と僕は答えた。
「うわ、この感じ。この感じね」
空木はなるとを食べた。
僕は今日は油淋鶏ではなく、うどんを食べている。
おじさんとのエピソードを一通り話し終えると、空木が疑問を投げかけてきた。
「そのさっきからちょくちょく出てくる"生の実感"ていうのはなんなの?」
「それはわからん。なんだと思う?」
「だって現におまえは生きているじゃん。それじゃだめなの?」
「それじゃだめなんだ。やっぱり人間って志がないと生きていけないんだよ。だって別にどうなってもいいと思ってるからね。自分が」
空木は立ち上がり、平手で僕の頬を叩いた。
呆然としていると、空木はもう一度叩いた。痛い。
3回目のビンタが飛ぶ前に空木の腕を掴んだ。「どうした」
「いや、おまえがどうなってもいいっていうから」
「どうなってもいいって言ったけど、そういうことじゃないんだよ」
「"どうなっても"だろ?こうなることだってその"どうなっても"の中に含まれてるだろ?」
「含まれてないよ」
「じゃあおまえの"どうなっても"はおまえが自分の都合でその範囲を限定できる"どうなっても"なわけだ。それは本当の意味で"どうなっても"と言えるか?」
「わかった。ごめん、どうなってもよくはない。ビンタはやめてくれ。お願いします」

サボり⑥

荒川の土手に行くときはダンボールを持っていくのがおすすめだ。といっても箱として利用するわけじゃない。展開して、一枚の板のようにする。それを尻に敷いて滑る。
これは本当に危険な遊びだ。体の小さな子供がやるならそれほど速度も上がらないが、僕のようにある程度成長した人間が土手を滑ると勢いがつき過ぎる。
滑り降りる途中で石に衝突したときは、前方につんのめってそのまま転げ落ちた。体のいたるところを地面にうちつけ、涙が出そうになったが、文明化され危険から隔離された人間は、このようにして生の実感を取り戻す必要があるのだろうと思い、痛みを堪えた。
そうして土手を滑り、失敗し、転げ落ちている様は、自然と人目を惹いた。あるとき「大丈夫?」と声をかけてきたおじさんがいた。
おじさんはラーメンの汁が跳ねたようなシミのついたスウェットを着ていたので不潔そうで嫌だったが、体臭などはしないとわかるとそれほど嫌ではなくなった。話によるとおじさんは図書館の司書をしていたが、盗撮をしていて捕まってしまったらしい。書架の下の方の書物を整理するふりをして小型カメラでスカートの中を撮っていたところを私服警備員に取り押さえられたそうだ。
「今は、薬を飲んでるからだいぶ落ち着いているけど、昔は若い女の子の下着のことで頭がいっぱいでね」
「僕も若い女の子の下着、興味あります」
おじさんは人差し指を立てて左右に振ってみせた。
「そんなんじゃないんだよ。もう心臓が裂けそうなくらいパンツがみたいんだ。きみは我慢できるでしょ。俺は変態なんだ。変態の星の下に生まれついたんだよ。」そういっておじさんは乾いた声で笑った。
「あとは女の子が捨てたペットボトルとかストローが挿さってる紙パックを回収していたね。こんなことをいうと不謹慎かもしれないけど、あの頃が一番楽しかったよ」
「今は毎日何をしてるんですか?」
「毎日絵を描いてるよ。アイドルの画像をインターネットで調べて、模写してる」
「誰が好きなんですか?」
「それはねー、篠崎愛かなー」
おじさんは46歳で、もう10年以上は親の金で生きているらしい。幸い、贅沢をしなければ死ぬまで働かなくてもいいくらいの財産はあるようだ。
おじさんにダンボールを勧めたが、体重の乗せ方が下手なのか微動だにしない。「これはちょっと恥ずかしいなぁ」といって諦めて立ち上がろうとするおじさんを「盗撮より恥ずかしくないから大丈夫です」と言って制止した。
おじさんの背中を押すとゆっくりと滑り出した。と思っていたらみるみるうちに勢いがつく。土手は斜面、平面、斜面となっているので、平面から斜面に差し掛かるときに一度ふわっと宙に浮くときがある。おじさんの勢いがすごすぎて、ミサイルのように宙に射出された。案の定そのあと着地には失敗し、ゴロゴロと転げ落ちた。
「大丈夫ですか?」
おじさんはグッタリとしていて、目の焦点も定まってなかった。しばらくして息が落ち着いてくると「大丈夫」とか細い声で答えた。
「なんかすみません」
「いや……生きてる実感が沸くね」
そういって乾いた声で笑った。盗撮のおじさんが、自分と同じような感想を抱いたのは少し嫌だった。

サボり⑤

音楽鑑賞サークル「天狗」にはちょくちょく顔を出していたが、やることといえばゲームをするくらいだったので、本当に活動らしき活動はないとわかった。4月の段階で気を張り過ぎたのか、僕はどっと疲れてしまった。大学にどうしても行きたくない日は行かなかった。そういうときは蓑虫のように自宅の布団の中でくねくねしながら、ずっとiPhoneをいじっていた。
たまたまネットで見つけた、「30代酒好き人妻のどきどき不倫ブログ」という30代の酒好きの人妻のどきどきするような不倫を綴ったブログを読んでいた。このブログでは男のことを「ワンちゃん」と呼称しており、「ワンちゃん」が複数登場する場面では「大手商社勤務のワンちゃん=ダックスくん」といった具合に犬種で判別していた。人妻が「ダックスくん」が寝ている隣で「シュナウザーくん」と激しく求め合うシーンには興奮させられた。恐らくは創作だろうが。
布団の湿り気をもった温かさが不愉快になってきた。僕はそろそろと布団を出て、部屋の中央に立った。
部屋の中央に立って両手を広げた。しかし何も起きないので、両手を降ろした。その場に座り込んで、そのまま寝転んだ。フローリングの床がひんやりして気持ちいい。
iPhoneにラインの通知が来ている。鈴木理紗、とある。一瞬誰だかわからなかったが、黒髪ロングでアイアンメイデンのTシャツにスキニーを履いていたあの人だ。「今日暇?」とある。一番いいと思っている服を着て家を出た。
ここで一つ問題を出したい。僕はこの鈴木理紗というアイアンメイデンのTシャツにスキニーの美女と恋愛関係に発展するか、という問いである。僕の考えを言おう。した方が絶対いいのだ。いいに決まっている。だがしなかった、現実というのはいつだってそんなものだ、というひっくり返し方はどうだろうか。フィクションとは嘘だが、「こんなの嘘っぱちじゃん」と思ってフィクションに接するのは面白くないやり方だ。フィクションには「嘘だけど、ほんとうらしいこと」が書かれている。だから、アイアンメイデンのTシャツを着た美女と恋愛関係に発展しない、わざわざ登場させておいて発展しない、というのはいかにも「嘘だけど、ほんとうらしいこと」だ。だが、アイアンメイデンのTシャツを着た美女は現実に存在する。よく聞いてほしい。現実には、「いかにも嘘みたいなこと」だって起こりうるのだ。
だが、僕と鈴木理紗というアイアンメイデンのTシャツを着た全体的に黒っぽい女性とのあいだに起きたことをここに記すのは惜しくなってきた。だから書かない。その代わり退屈極まりない僕と空木との腐れ縁を淡々と綴っていきたい。いきたいところだが、その頃、つまり5月頃は空木とは会ってなくて、6月はゼミで顔を合わすことはあっても、人と会話するのがつらかったため昼食も一緒に取らなかった。だから書くことがなく、7月の中旬になり梅雨が明けると僕は自宅から荒川の土手に行くようになった。

サボり④

男は立っていた。立っているのが不気味で、「立っているなよ」と思ってしまった。人間は普通、部屋にいるときは座っているからだ。だが、立っていることだってあり得る。それはどういう状況かというと踊っているときだ。人間は座ったまま踊ることはできない。だから踊るために立っていたという可能性は十分考えられる。だが男は踊っていなかった。でも、男は直立しているわけではなかった。体幹が少し斜めになっていたし、手首はティラノサウルスのように体の目の前にちょこんと掲げられていた。これは言ってみれば踊っていたことの名残だろう。
そして今この部屋には小さな音で音楽が流れている。「エニュアジュウォッキン、エニュアジュウォッキン、アユウォーキン、ニッ」と流れている。つまり「スムース・クリミナル」である。「スムース・クリミナル」を聴きながら直立不動でいる人間はいない。だから男は、僕らが部屋に入ってくる直前までは踊っていたのだが、ドアを開ける音に気づき慌てて踊るのをやめたということが推測できる。
「新入生?」
僕らは顔を見合わせた。もちろん「はいそうです」と言えばいいだけの話なのだが、それをどちらが答えるか迷ったのだ。空木が「はい」と答えた。このように、僕は何でも人にやらせる癖がある。
「ヘェ〜。ま、とりあえず座りなよ」と言って男は床を指し示した。特に座るための座布団的なものはないようだ。テーブルはあるのでその周りに、ここに座るので合ってるのかなと思いながら座った。
「じゃあまあ、とりあえず自己紹介でもしてもらうか。いやーでも来ると思ってなかったから何も用意してないや」
男は近くのプリントを2、3枚とって裏返して寄越した。名前、学部、好きな音楽などを書いた。
「来てもらってアレだけど、別に活動とかないんだよね」
男はアイテテテといいながら腰を下ろした。「部員も俺以外はあと4人しかいなくて、よく来るのは2人かな」
背後の扉が開いた。
「お、噂をしていたら」
振り返ると人がいた。黒のスキニーパンツに、アイアンメイデンのTシャツに、胸元くらいまである黒の長髪の美女だった。目が大きく眉毛が太いので、顔面が発する圧がすごい。
女は無言で部屋を横切って窓辺にもたれて、こちらを見つめていた。目が合いそうになったので、慌てて逸らした。
「新入生?」女が男に聞いた。
「そう」
「入りたいの?」
「どうなんだろう。入りたいの?」
僕らは顔を見合わせた。空木が「はい」と答えた。
「入りたいんだって」と男が女に伝えた。
「ふーん」
ここの部員は、入部希望者を歓待するとかそういった気持ちは全く持ち合わせていないようだった。

サボり③

空木が煙草を吸いたいというので喫煙所に来た。僕は自分の腕をさすったり、顎を撫でたり、iPhoneを出したりしまったりすることに専念した。
「おまえすげぇよ」
「そうかな」あまり褒められることに慣れていないのでこそばゆい心地がした。
「おまえみたいに気持ち悪い奴初めて見た!なんだよ石って」
「あれは」
バンプオブチキンかよ!バンプオブチキンに影響を受けたアホが喋ってるみたいだった」
「だって、面白いこと言えって」
「いままで友達とかいた?」
空木は興奮しているようで、僕の話を聞いていない。
「さほど」
「俺という友達ができてよかったね。あはははは!」
帰ることにした。
「え、ちょっとどこいくの、おいおい、ちょっとちょっと」
「おまえみたいに不愉快な奴とは関わりたくないな」
「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ。謝るよ。ごめん」
我々は学食へ向かった。
学食では油淋鶏を食べた。味は悪くなかったが、毎日食べるのはキツいと思われた。なんというか覚えやすい味なのだ。3口くらい食べると味の全貌が把握できてしまう。空木も学食の油淋鶏のように毎日会うのはキツい人間なんじゃないかと踏んでいたが、残念ながら我々は毎日のように会うことになる。
「距離感がわからなくてさ。けっこうそれで嫌われたりするんだ」
「そんな感じするね」
「これからは気をつけるよ。今のところ俺にはおまえしか友達がいないから」
「それはよくない。もっとちゃんとした友達を見つけよう」
「ゼミの男たちとは仲良くなれそうにないからなー。そうだ、なにかサークルに入ろう」
初め空木はテニスサークルに入りたいと主張したが、却下した。僕は漫画研究会に入りたいと主張したが、空木が嫌がった。結局、間をとってということで、音楽鑑賞サークル「天狗」というところを訪問することにした。
サークル棟に行くには一度大学のキャンパスから出て、移動する必要があったが、少し迷ってしまった。というのも、サークル棟が大学の校舎に比してあまりにも見窄らしかったため、目の前にあるにも拘らず何度か通り過ぎてしまったからだ。
「ほんとにここであってるのか?」空木は鶏のように首を上下に動かしながら建物や門扉を確認していた。
「わからないけど行ってみよう」
サークル棟の中で比較的新しく見える建物を隈なく探索した。しかし、どうやらこの建物には運動部しか入っていないようだった。汗臭さが全体に漂っていて一刻も早くここを出たいという気分にさせられた。グラウンドで練習しているのか、ほとんどの部室に人はいなかったが、奥の方に一つだけ爆音でGReeeeNの「キセキ」を垂れ流しにしている部屋があった。覗いてみると、見事な肉体の男たちが小麦色の肌を汗で光らせながら、ベンチプレスなどの器具を用いガシャンガシャンという騒音を発生させていた。男たちが怪訝な目でこちらを見てきたため、速やかに立ち去った。
次に、日当たりのせいもあってか、やや薄暗く見える建物に入ったが、ここにも音楽鑑賞サークルらしき部屋はなかった。そうすると、残るは壁中に蔦が絡みつき、ところどころ茶色く枯れている一番薄汚い建物のみになる。
ウヒャヒャという笑い声を上げながら4人の眼鏡をかけた男たちがボードゲームらしきものに励んでいる部屋や、アロマのようなものを焚いていて何故か全員横になっている部屋や、おそらくは政治的な思想について激しく討論を交わしている部屋など、できれば関わりたくないところを入念に避けていくと、とうとう3階まで辿り着いた。レッドツェッペリンの飛行船のステッカーの貼られている扉があった。拍子抜けするほどわかりやすい。
扉を開けるとマッシュルームカットに辛子色の柄シャツを着ている男がいた。
「いらっしゃい」

サボり②

僕の高校から、その大学へ進学するのは僕一人だった。送付された資料のどこかには記されていたのかもしれないが、気づいたらオリエンテーションとやらは終わっていた。どこからも情報が入ってこないので仕方がなかった。単位の組み方がわからず教務部に行って、窓口の人と話し合いながらカリキュラムを組んだ。僕は大学の不親切なシステムにやや機嫌を損ねていた。
なんだかよくわからないまま自動的にゼミに所属していた。初めて入る教室では皆が皆和気藹々と会話していた。オリエンテーションでとっくに親睦を深めていたのだ。
その中で一人だけ携帯を弄っている男がいた。彼はキャップを被り、後ろから一つに纏めた長髪を覗かせていた。どことなく軽犯罪で小銭を稼いでいそうな風貌に見えた。
「ここ席空いてますか」
彼は聞こえなかったのか、反応しない。と思ったら素早くこちらを振り返り、キッという視線で僕を見つめた。大きな眼球に穿たれた穴のような黒目が恐ろしかった。
「空いてるよ!」
なんだか面倒臭そうな奴だ。「ありがとうございます」と僕は答えた。
「俺、ウツキ。空っぽの木って書いてウツキ」僕も名乗った。しかし、自分の名前の漢字をパッと説明できる人はすごいなと思った。芝居がかってるなとも思った。「おい、この教室、女ばっかだよ。順位つけるからあとで教え合おう」いささか女性蔑視的な試みだったが、当時の僕にそれを拒否するほどの教養はなかった。それにしても教室には女子が多かった。20人以上いる学生のうち、男子は僕らを含めて4人だけだった。僕ら以外の二人は女子と話をしていた。一人はガタイがよく日に焼けた好青年で、もう一人は居酒屋のキャッチみたいな奴だった。
初老の教授によるガイダンスが始まり、自己紹介を行う流れになった。「おまえ、面白いこと言えよ」とウツキが話しかけてきた。「何もないよ」「なんか捻り出さないとダメだ。ここでなんか言っとかないと、あとであいつらと話すネタが生まれないだろ?」それはそうだと思うが、さっきの段階で一人で携帯を弄ってたやつが、この後に及んでコミュニケーションをする気があるのか、と意外に思った。
品定めするような目で女子を見た。「趣味は球場に野球を見に行くことです」教授がどこのファンなのか訊ねていたが、僕はどんなに可愛くても野球を見に行くような人とは仲良くなれないと思った。僕の中でその人はアウトだった。スポーツが嫌いだし、スポーツが好きな人にはほとんど興味がもてないのだ。他にも好きなテレビ番組の話をする人や、好きなアイドルの話をする人などがいたが、さほど興味を惹かれなかった。
黒髪に眼鏡を掛けた女子が立った。僕は一目で「この人だ」と確信した。猫背気味で視線が落ち着かず、あまり社会性があるようには思えなかったが、極端に色が白く幽霊じみている点が良かった。読書が好きと言っていたが、好きな作家までは言わないのが奥床しかった。
僕の番が回ってきた。何か面白いことを言わなければ。
「ここに、深い深い谷があるとします。谷底も見えないほど深い谷です。あなたたちはその谷底がどれくらい深いのか確かめたいと思うでしょう。そこで近くにあった石を手にとって投げ込みます。しかし、いくら経っても石が落ちた音は聞こえてきません」
僕は皆の顔を見回した。ニヤニヤしている人もいれば、電車内で一人で大声を発している不審者を見るような視線を向ける人もいる。
「その石が、僕です。みなさんどうぞよろしくお願いします」

サボり①

「何を考えているんだ」と言われることがしばしばあったが、何か考えて行動しているわけでもなかった。
高校の体育の授業中、たまたま手元にバスケットボールが回ってくると僕は立ち尽くしてしまった。誰にこのボールを渡せばいいのかわからなかった。教師がピッと笛を吹いてボールは敵のものになる。膝下まであるかっこいいズボンを履いた味方チームの奴に怒鳴られる。「何考えてんだよ」でも僕は、何か考えてそうしたわけではなく、何も考えてないからこうなってしまうわけなので、答えられないのだ。
体育倉庫のマットの上に寝転がって天井を眺めた。別に平気だったわけではない。本当はみんなに混じってバスケをするのが一番いいのだろうということくらいはわかっていた。同級生に怒鳴られるのが嫌だった。
体育教師が入ってきて低い声を出す。「何をしているんだ」「休んでいます」「休んでますじゃねぇだろ、授業に参加しろ」「嫌です」「嫌ならサボってもいいのか」「はい」「はいじゃねぇだろ、みんなが真面目に授業を受けてる中、一人だけサボっててなんとも思わないのか」「申し訳ないです」「だったら参加しろよ」「嫌です」「嫌なことがあったら逃げて生きていくのか」「そうだと思います」事実、そうなった。
大学受験を控えた12月、僕は勉強をしていなかった。終業のチャイムが鳴るとすぐに学校を出て本屋やブックオフに行った。350円の漫画が105円の棚に格落ちしてないかを確認するのが日課だった。そんなことに一所懸命になっている生徒はあまり多くはなかった。不思議なことに運動部のチャラチャラしているようにみえる人々も、受験期になると真面目に勉強を初めて、めきめき成績を伸ばしていった。運動ができなくてかっこ悪いオタクみたいなのは、だからといって勉強ができるわけでもなかった。僕もその枠だった。僕はチャラチャラしていた人々がくだらない語呂合わせを使って世界史の年号を暗記したりしているのは滑稽だと思った。表面だけチャラチャラしていただけで、結局真面目なのかと心底がっかりした。かといって汚いにきび面で「同人ゲームを制作して一山当ててやる」と息巻いている脂ぎったオタクにも共感できなかった。身の回りの人間は全員嫌だった。
買って帰ってきた漫画を家に帰って読みながらいつの間にか眠りに落ちていた。母親に尻を殴られて目が覚めた。「あんた何してるの」「寝てました」
母親が僕の髪を掴んで上に引っ張りあげた。「あんた何考えてるの!」僕は特に何も考えてないのだ。「大学行く気あるの!」「あります」働くのは嫌だった。「あんたさ、自分の模試の結果わかってるの!」「はい」第5志望ですらE判定だ。「そんなんじゃどこの大学にも行けないよ!」そんなことはない。相当レベルの低い大学なら定員割れしているようなところもあるだろうし。
「お母さん、自分が一生懸命育てた息子がね、なんにも頑張ろうとしないのを見てるとね、お母さん、悲しいよ」そういって母親は泣き出してしまった。僕も悲しかった。できれば母親を悲しませたくはなかった。でもこれは仕方のないことだった。そのように生まれついてしまったのだ。僕だって好きで僕をやっているわけではないのだ。