生きたまま埋めるのはかわいそうだよ

シュールな世界観がいいね~って棒読みで言って

自分はなんとしても彼女にこの手紙を届けなければならない

 自分はなんとしても彼女にこの手紙を届けなければならない。自分はなんとしても彼女にこの手紙を届けなければならない。雷鳴の轟く豪雨の中も、醜悪な毒虫や伝染病を運ぶ羽虫にまみれた藪の中も。突き進んでいかなければならない。その際に後ろを振り向いてはならない。今朝、首を寝違えてしまったことを忘れてはならない。自分を駆り立てるものが魂だけだと勘違いしてはならない。自分は自分の魂を運ぶこの体を大切にしなければならない。自分はなんとしても彼女にこの手紙を届けなければならない。

 実際、困難な道のりを通ることはなかった。曇り空の下、過ごしやすい気候の中を自分はのろのろと歩いていた。しかし自分の進行に困難をもたらしたのは、自分の注意不足であった。自分の手に、自分の手紙がない。自分はどこかに自分の手紙を落としてしまった。自分はなんとしても彼女にこの手紙を届けなければならない。自分はなんとしても彼女に届ける手紙を失くしてはならない。しかし自分の手に自分の手紙がない。自分はなんとしてもこの手紙をとり戻さなければならない。

 自分はもときた道を戻り始めた。自分は早急に自分の手紙を見つけなくてはならない。しかし、自分の手紙が早急に見つかることはなく、時間ばかりが過ぎていく一方だった。自分はもう一度手紙を書けばいいのではないだろうか。しかし、今となっては、自分の書いた手紙になんと書かれていたのか、思い出すこともままならないのだった。自分はなんとしてもあの手紙をとり戻さなければならない。他のどんな手紙も、あの手紙の代えにはならない。自分はなんとしてもあの手紙をとり戻さなければならない。

 自分は、いささか消耗したようだ。いつのまにやら、脚がうまく動かなくなってきている。自分はなんとしてもあの手紙をとり戻さなければならない。その思いは自分のなかで確固たるものとして在り続けている。その思いは常に自分を駆り立て続けている。しかし、自分を駆り立てるものが魂だけだと勘違いしてはならない。自分は自分の魂を運ぶこの体を大切にしなければならない。自分はなんとしても宿でこの体を休めなければならない。

 幸い、宿はすぐに見つかった。自分はただちに眠りについた。どれくらいの時間が経ったかわからないが、自分の安眠は妨害された。一人の女が、下着姿で自分の上にまたがっていた。自分はなんとしてもこの誘惑に屈してはならない。自分はなんとしてもこの誘惑に屈してはならない。自分はなんとしてもこの誘惑に屈してはならない。

 自分は誘惑に屈した。自分は身に纏っているものをすべて失った。その上で、路上に放り出された。自分は自分ほどみじめな人間を自分以外に知らなかった。野良犬さえ、自分より恵まれているように思えた。しかし、自分はなんとしてもあの手紙をとり戻さなければならない。自分はなんとしてもあの手紙をとり戻さなければならない。手足の指、鼻の先、性器などのさまざまな先端部が、寒気の中で腐り落ちようとも、自分はなんとしてもあの手紙をとり戻さなければならない。幸い、空は曇ってはいるが、身に纏うものさえあれば過ごしやすい気候であったため、先端部が腐り落ちる恐れはなかった。

 自分は手紙を見つけた。手紙は川の表面を流れていた。自分は川の中へ足を踏み入れた。そうしている間にも手紙は下流へと流れていった。自分は泳ぐのが苦手だった。しかし泳ぐのが苦手な人間が、泳ぐのが苦手なままにあの手紙を手にすることは難しいように思われた。自分は過去のどんな時よりもうまく泳いでみせなければならない。自分は過去のどんな時よりもうまく泳いでみせなければならない。

 自分はたくさんの川の水を飲みこんだ。川の水を飲みこむことに気をとられているようでは永遠に手紙へは追いつかない。自分はときには自分の魂を運ぶこの体をないがしろにしなければならない。自分を駆り立てるものが魂だけであるかのように振舞わなければならない。自分はなんとしてもあの手紙をとり戻さなければならない。

 自分は手紙をとり戻した。手紙は水に浸かりぼろぼろだったが、それは確かに自分の手紙であった。自分は苦労して陸に上がった。濡れた裸の体に風が吹きつけ、熱が奪われていった。自分の頭はぼんやりともやがかかったように朦朧としてきた。

 自分は彼女にこの手紙を届けなくてもいいのかもしれない。こんなことは全部最初からなかったことにすればいいのかもしれない。水に浸かった手紙は、インクが滲み出て解読できないかもしれない。そもそもここからまた彼女のもとへ向かうことが可能なのかすらわからない。そもそもここはどこなのか。彼女がこの手紙を受け取ったところで、彼女はどう思うのだろうか。この手紙にはいったいなにが書かれていたのか。自分はなぜ彼女にこの手紙を届けなければならないのか。

 それでも、自分はなんとしても彼女にこの手紙を届けなければならない。それが何を意味するのかわからないとしても、自分はなんとしても彼女にこの手紙を届けなければならない。自分はほんとうは彼女にこの手紙を届けなくてもいいのだ。しかし、自分はなんとしても彼女にこの手紙を届けなければならないと、自分が、思っている。なんとしても届けなくてはならないと思っている。自分はなんとしても彼女にこの手紙を届けなければならない。自分でそう決めた。

 自分は彼女にこの手紙を届ける前に力尽きた。自分は彼女にこの手紙を届ける前に死んだ。しかし、自分は自分が死んだことを知らない。自分はもう死んでしまったので、自分が死んでしまったかどうかわからない。自分はもう死んでしまったから、自分が彼女に手紙を届けることができたかどうかを、判断するすべはない。もしかしたら、自分は彼女にこの手紙を届けることができたのかもしれない。しかし自分はおそらく彼女に手紙を届ける前に力尽きたのだろう。しかし自分はそのことを知らない。自分は最後まで自分はなんとしても彼女にこの手紙を届けなければならないと思っていたから、自分は最後までなんとしても彼女にこの手紙を届けなければならないと思いながら力尽きた。誰かが自分の死体に毛布をかけた。しかし自分はもう死んでしまったから、誰かが自分の死体に毛布をかけたことを知らなかったが、知らなかったとしても、自分は最後まで自分はなんとしても彼女にこの手紙を届けなければならないと思って力尽きたから、そのことは自分にとってよいことだった。