生きたまま埋めるのはかわいそうだよ

シュールな世界観がいいね~って棒読みで言って

Twitterってさびしさを埋めるツールじゃないですか。と、いきなり「じゃないですか」というなかなかイラッとくる言い回しで初めて見たんですけど、どうですか。どうも思わない。あらそう。じゃあ先を続けるけど、端的にいってTwitterはもう終わりです。最終兵器彼女のヒロインのちせが手紙で「はっきりいってこの星はもうだめです。このあと真っ赤な朝焼けが来ます。それが終わりの相図です」みたいなこというじゃないですか。あれがTwitterに関しても言えます。ていうか、みんなさ、将来のこととか考えてる?なんかもう生きていける気がしないよね。なんかもう自分の身の回りに幸せそうな人が一人もいない。だから俺が一人で鬱ぶってもぜんぜんキャラ立たないんだよね。マジいい加減にしろ。営業妨害だよ。だいたい現実で辛い事があったときそれを一銭の金にもならない承認欲求ツールにどばどばつぎ込んでいくの馬鹿げてるでしょ?かといってnote(っていうSNSがあるんです)で文章アップして有料記事にして金とるほど面白いことかけませんよね。ある人が自分の処女喪失体験記を記事にしてnoteで売ってましたけど、自分はそういうことできないし、できたとしてもしたら人間としての尊厳のレベルが下がる。ロックマンエグゼ4でダークチップ使うともともとのHPが下がるみたいな話ですよね。え、わからない?じゃあもういいよ。

人間はさびしいですね。さびしさを埋めるために芸術があると思ってます。太宰治とかサリンジャーは読書家の人には馬鹿にされがちですが、そのこと自体は別に批判とかできませんが、しかし僕はそういうものを馬鹿にするのはやめようと思っています。最近はもうだれと関わっても、結局は家に帰って寂しい思いをするだけ、かといって四六時中いっしょにいったら鬱陶しくて仕方ないでしょう。いや、わからないですけど。シェアハウスとかやってる人大丈夫かな。シェアハウスで思いだしたけど、俺はピース又吉の火花をとても面白く読んだので早く次作が読みたい。ピース又吉は最高。俺の気分は最低。もうなんで生きてるのかわからん。でもまあなんとなくこの人生を生きて行こう。って思う。おれはこの文章を俺のために書いてるんだ。みなさんは自意識を垂れ流す感じのブログは書かないんですか。書いたら喜んで読みますよ、僕が。では。