生きたまま埋めるのはかわいそうだよ

シュールな世界観がいいね~って棒読みで言って

日本一高い塔が、東京タワーから東京スカイツリーへとなり代わったのが、いつのことだったかを正確に把握するほど、高い塔というものに興味があったわけではないが、東京スカイツリーからちんぽへとなり代わった年を正確に把握しているのは、履歴書に何度も大学を卒業する年として四桁の数字を記入したからだった。東京の空へと堂々と隆起するちんぽを見て人々が羞恥の念を抱くはずもなく、ニュースキャスターが真剣な面持ちで何度も男性器状の、という修飾を繰り返すことを単に笑い飛ばすことは困難だった。男たちは小用を足すために取り出したものにいつにない違和を覚え、ベッドの上では、性的興奮により一度は硬直するものの、これから行われることがひどく禍々しい行為であるような気に囚われ、再び元の状態へと収縮する事態がしばしば生じた。硬直を維持できたとしても、受け入れる側に拒絶反応が起きることもあった。天を衝くちんぽは地上に数多の勃起障害とセックスレスをもたらした。人々がその光景に慣れることはないかもしれないが、やがて巨大なちんぽも過去の話題となるだろう。自衛隊によるヘリコプターでのちんぽの表皮採集が行われているとき、僕は老婦人の持つリードに繋がれたシェパードに右手を齧られていた。

「いてえよ!」

老婦人はまるで自分が不審人物に恫喝されているかのように顔をこわばらせていた。しかし加害者は僕ではなくあなただ。いや、正確に言えばシェパードだが、シェパードに何かを訴えたところで事態が解消されるだろうか。

「どうにかしてくださいよ!」

老婦人は小さく悲鳴をあげてリードを手放して走り去っていった。老婦人の走る姿は貴重だ、しかし僕はシェパードに右手を齧られているのだ。シェパードに右手を齧られている人間が老婦人の走る姿の貴重性に思いを巡らせるなどということがありうるのだろうか。ありうるのだ。東京にスカイツリーよりも大きなちんぽが現れる以上、ありえないことなどない。