生きたまま埋めるのはかわいそうだよ

シュールな世界観がいいね~って棒読みで言って

架空の人インタビュー Vol.1作家 棒振楊枝(ぼうふら・ようじ)

棒振楊枝(ぼうふら・ようじ)インタビュー


ー7月に発売される、2年振りの長編小説「凍りついた樹木」をいち早く読ませていただきました。これは、棒振さんの新境地といっていいのではないでしょうか。

棒:そうですかね?僕は特に新しいことをしようとか意識したことはないです(笑)。めんどくさがりなので。

ーなるほど(笑)。ですが、今作では、これまでの作品に見られた自己の内面を抉るような、露骨で生々しい描写は控えめになってるように見受けられます。

棒:うーん。これもよく聞かれることなんですけど、「棒振さんはなんであんなに人間の酷薄さを赤裸々に描くことができるんですか」って読んでくださった方は皆言うんですね。でも僕としては別に意識してそういう風に書こうとしているわけじゃない。問題は作品が何を要請しているかってことなんですね。で、今回は書き始めのときから、そういう(残酷な)描写が出てこないことはわかってた。

ー書きながら、今回はその路線じゃないと気づいた、と。

棒:いや、そういうわけじゃないんですよ。こう(宙に手を差し出して)、かたまりがあるんですよ。で、僕はそれにノミを打ったりヤスリで磨いたりして作品を取り出すだけなんです。執筆はリニアには進まないので、「今回はこういう路線」とか、そういうのは全くないです。

ーかたまりから作品を取り出すというのはとても興味深いですね。本作を読んでいて斬新だなと思ったのですが、章ごとにQRコードがついていますよね。

棒:ええ。

ーあれはどういう意図があったんですか?

棒:意図なんて大げさなものはないですし、いちいち説明するのも野暮だなと思うんですけど、あれはエピグラフなんですよ。エピグラフなんですけど、それが単行本一冊分くらいある(笑)。ネタバレすると一章のQRコードは読み取ると佐藤春夫の『田園の憂鬱』が読めます。
なんでそんなことをしたのかというと、一つ言えるのが、表現というのは収奪だということですね。奪い奪われて文学というものは、歴史を築き上げてきた。よく僕の小説を村上龍のようだという人がいますが、何もわかっていない。僕の小説からゴンブローヴィチやソローキン、ブルーノ・シュルツの反響を読み取れないなら読む意味がない。そういう人には読んでいただかなくて結構です。

ー私はむしろミシェル・ウエルベックのような諦観を感じました。

棒:ウエルベックはよくやってますよね。直接影響を受けたかというと、決してそんなことはないような気もしますが(笑)。

QRコードの仕掛けの他に気になったことがありまして、最終ページに黒い染みがありますよね。あれはどういうことなんでしょう。はじめはミスプリントかと思いました。

棒:あれは僕の男性器ですね。

ー男性器ですか。

棒:男性器です。男性器に墨を塗って形をとりました。それが何を意味するのかというのは、ここでは直接お答えいたしません。ただ、今回『樹木』を読んで、「棒振、なんか落ち着いちゃったな」という人が必ず出てくると思うのですが、もう一度その認識で正しいか、考えてほしい。その一つのきっかけとしての男根であるということは言っておきます。

ーわかりました。今は取材などでお忙しいと思われますが、今後の予定などありましたらお聞かせ願います。

棒:次回作の構想は決まってます。ですが、その前段階として探偵事務所を開こうと思っています。

ー次回作はミステリーですか。

棒:世間一般としてはそういったカテゴリーに括られるかもしれないし、そのことに対して特に異論があるわけではありませんが、僕が考えているのはもう少し別のことです。それは簡単に言えば「信頼とは何か」という疑問を中心に巡る思考、ということになると思います。

ーどういった作品になるか楽しみです。

棒:あんまり期待せずに待っててください(笑)。