生きたまま埋めるのはかわいそうだよ

シュールな世界観がいいね~って棒読みで言って

サボり②

僕の高校から、その大学へ進学するのは僕一人だった。送付された資料のどこかには記されていたのかもしれないが、気づいたらオリエンテーションとやらは終わっていた。どこからも情報が入ってこないので仕方がなかった。単位の組み方がわからず教務部に行って、窓口の人と話し合いながらカリキュラムを組んだ。僕は大学の不親切なシステムにやや機嫌を損ねていた。
なんだかよくわからないまま自動的にゼミに所属していた。初めて入る教室では皆が皆和気藹々と会話していた。オリエンテーションでとっくに親睦を深めていたのだ。
その中で一人だけ携帯を弄っている男がいた。彼はキャップを被り、後ろから一つに纏めた長髪を覗かせていた。どことなく軽犯罪で小銭を稼いでいそうな風貌に見えた。
「ここ席空いてますか」
彼は聞こえなかったのか、反応しない。と思ったら素早くこちらを振り返り、キッという視線で僕を見つめた。大きな眼球に穿たれた穴のような黒目が恐ろしかった。
「空いてるよ!」
なんだか面倒臭そうな奴だ。「ありがとうございます」と僕は答えた。
「俺、ウツキ。空っぽの木って書いてウツキ」僕も名乗った。しかし、自分の名前の漢字をパッと説明できる人はすごいなと思った。芝居がかってるなとも思った。「おい、この教室、女ばっかだよ。順位つけるからあとで教え合おう」いささか女性蔑視的な試みだったが、当時の僕にそれを拒否するほどの教養はなかった。それにしても教室には女子が多かった。20人以上いる学生のうち、男子は僕らを含めて4人だけだった。僕ら以外の二人は女子と話をしていた。一人はガタイがよく日に焼けた好青年で、もう一人は居酒屋のキャッチみたいな奴だった。
初老の教授によるガイダンスが始まり、自己紹介を行う流れになった。「おまえ、面白いこと言えよ」とウツキが話しかけてきた。「何もないよ」「なんか捻り出さないとダメだ。ここでなんか言っとかないと、あとであいつらと話すネタが生まれないだろ?」それはそうだと思うが、さっきの段階で一人で携帯を弄ってたやつが、この後に及んでコミュニケーションをする気があるのか、と意外に思った。
品定めするような目で女子を見た。「趣味は球場に野球を見に行くことです」教授がどこのファンなのか訊ねていたが、僕はどんなに可愛くても野球を見に行くような人とは仲良くなれないと思った。僕の中でその人はアウトだった。スポーツが嫌いだし、スポーツが好きな人にはほとんど興味がもてないのだ。他にも好きなテレビ番組の話をする人や、好きなアイドルの話をする人などがいたが、さほど興味を惹かれなかった。
黒髪に眼鏡を掛けた女子が立った。僕は一目で「この人だ」と確信した。猫背気味で視線が落ち着かず、あまり社会性があるようには思えなかったが、極端に色が白く幽霊じみている点が良かった。読書が好きと言っていたが、好きな作家までは言わないのが奥床しかった。
僕の番が回ってきた。何か面白いことを言わなければ。
「ここに、深い深い谷があるとします。谷底も見えないほど深い谷です。あなたたちはその谷底がどれくらい深いのか確かめたいと思うでしょう。そこで近くにあった石を手にとって投げ込みます。しかし、いくら経っても石が落ちた音は聞こえてきません」
僕は皆の顔を見回した。ニヤニヤしている人もいれば、電車内で一人で大声を発している不審者を見るような視線を向ける人もいる。
「その石が、僕です。みなさんどうぞよろしくお願いします」