サボり⑤
音楽鑑賞サークル「天狗」にはちょくちょく顔を出していたが、やることといえばゲームをするくらいだったので、本当に活動らしき活動はないとわかった。4月の段階で気を張り過ぎたのか、僕はどっと疲れてしまった。大学にどうしても行きたくない日は行かなかった。そういうときは蓑虫のように自宅の布団の中でくねくねしながら、ずっとiPhoneをいじっていた。
たまたまネットで見つけた、「30代酒好き人妻のどきどき不倫ブログ」という30代の酒好きの人妻のどきどきするような不倫を綴ったブログを読んでいた。このブログでは男のことを「ワンちゃん」と呼称しており、「ワンちゃん」が複数登場する場面では「大手商社勤務のワンちゃん=ダックスくん」といった具合に犬種で判別していた。人妻が「ダックスくん」が寝ている隣で「シュナウザーくん」と激しく求め合うシーンには興奮させられた。恐らくは創作だろうが。
布団の湿り気をもった温かさが不愉快になってきた。僕はそろそろと布団を出て、部屋の中央に立った。
部屋の中央に立って両手を広げた。しかし何も起きないので、両手を降ろした。その場に座り込んで、そのまま寝転んだ。フローリングの床がひんやりして気持ちいい。
iPhoneにラインの通知が来ている。鈴木理紗、とある。一瞬誰だかわからなかったが、黒髪ロングでアイアンメイデンのTシャツにスキニーを履いていたあの人だ。「今日暇?」とある。一番いいと思っている服を着て家を出た。
ここで一つ問題を出したい。僕はこの鈴木理紗というアイアンメイデンのTシャツにスキニーの美女と恋愛関係に発展するか、という問いである。僕の考えを言おう。した方が絶対いいのだ。いいに決まっている。だがしなかった、現実というのはいつだってそんなものだ、というひっくり返し方はどうだろうか。フィクションとは嘘だが、「こんなの嘘っぱちじゃん」と思ってフィクションに接するのは面白くないやり方だ。フィクションには「嘘だけど、ほんとうらしいこと」が書かれている。だから、アイアンメイデンのTシャツを着た美女と恋愛関係に発展しない、わざわざ登場させておいて発展しない、というのはいかにも「嘘だけど、ほんとうらしいこと」だ。だが、アイアンメイデンのTシャツを着た美女は現実に存在する。よく聞いてほしい。現実には、「いかにも嘘みたいなこと」だって起こりうるのだ。
だが、僕と鈴木理紗というアイアンメイデンのTシャツを着た全体的に黒っぽい女性とのあいだに起きたことをここに記すのは惜しくなってきた。だから書かない。その代わり退屈極まりない僕と空木との腐れ縁を淡々と綴っていきたい。いきたいところだが、その頃、つまり5月頃は空木とは会ってなくて、6月はゼミで顔を合わすことはあっても、人と会話するのがつらかったため昼食も一緒に取らなかった。だから書くことがなく、7月の中旬になり梅雨が明けると僕は自宅から荒川の土手に行くようになった。