生きたまま埋めるのはかわいそうだよ

シュールな世界観がいいね~って棒読みで言って

羽目の外し方④

鬱野と私の間で交わされた会話をこれから書いていきたいのだが、鬱野が私の名を呼ぶところをどう表現しようか迷っている。というのも、私は、なにか固有名を持つ存在ではなく、「私」なのだと思っているからだ。他にも命名によって人物像がブレてしまうといった要因もある。鬱野は、自ら「鬱野」と名乗っているので、そこに私の力学は一切働いていない。しかし私が仮に「高橋」を名乗ったら読者は、「『高橋』という名字の人」として私の人物像を再構成してしまう。もしかすると人によっては過去に「高橋」という名の人物にひどい目に遭わされたことがあるかもしれない。すると私の印象がその「高橋」に引っ張られてしまう。読者にはなるべく私を無色透明な存在として捉えてほしいのだ。しかし、そんなことにこだわるのはいささか面倒でもあるので言ってしまうが、鬱野のいう「水草さん」というのは私のことである。

「いつもここでバイトしてるんですか?」と私は鬱野に会話の糸口を差し出した。

「いつもってわけじゃないです。暇なときに店番任されるって感じで。青田さん——っていうのがここ経営してる人なんですけど——青田さんも半分遊びで経営してるんで、毎日やってるわけじゃないんです。青田さんは本業は人材派遣の会社やってる人でちょっと変わってるんですよね。ライブハウスとかもやってたり」

「そのライブハウスで知り合ったんですか?」

「あー、そうなんですよ。もともと僕がVOLT(鬱野のバンド)入った直後くらいかな?佐伯さん——あの西村ツチカとか載ってる同人誌にも漫画描いたりしてる人なんですけど——佐伯さんに誘われてライブハウス——新宿のレガってとこなんですど——そこよく遊び行くようになって、いやここだけの話、青田さんが草くれたりするんですよ、草ってマリファナですつまり。僕髪長いから青田さんに初めて会ったときに『ビートルズ好き?』って訊かれて、『最高です』って答えたらわけてくれたんですよ。あ、そのときはまだベンジョンズの頃だったかな?あ、ベンジョンズってのは僕が前やってたバンドなんですけど、そのボーカルがいまあのLil Boy Sadって言って。知ってます?水草さん(私)あんまラップ聴かないかー。めっちゃ売れてきてるんですけど」

鬱野が矢継ぎ早に喋り出して私はうんざりしてきた。すると鬱野はそれを察知したのか「すみません、僕ばっか喋っちゃって。よく言われるんですよ。バーの店員なのに客より喋るって。直したいんですけどねー」

「いや、全然気にしないでください」

「ありがとうございます。いやー水草さん会えて嬉しいなー。いっつもマジでレベル低い奴らとしか絡んでないんで新鮮ですよ。これ別に媚びてるわけじゃないですよ。本当うんざりしてるんです。ここにいる前野(鬱野の後輩)なんかはちゃんと音楽も聴くし本も読むし映画も観るタイプですけど、マジでいっしょにバンドやってる奴ら音楽知らないですよ」

「ストレス溜まりそうですね」

「マジ溜まりまくりで。あとあいつら金の計算できないんですよね。バンドとかグッズも作ってるけどクソ赤字なんですよ。僕個人で出してるTシャツとかの方がよっぽど金になりますよ。あー、ダメだまた自分語りしてる。水草さん関係ないのに愚痴言ってすみません」

鬱野は、ベラベラと調子良く喋った後に、喋りすぎたことや喋った内容について激しく後悔し、かと思うとまたすぐにそれを忘れてしまうのか、調子良く喋り始めるといったことを終始繰り返していた。その自分で自分を制御しきれない感じにはどこか憎めないところがあるとわかってきた。また、よくいる「自分の話がしたいだけ」のやつともまた違い、私についても興味を抱いているようであった。鬱野はカウンセラーのように私の内面を探ってきた。

水草さんってけっこうやりたいこととかあるタイプの人だと思うんですけど、いまいちそれが見えてこないんですよね。そこすごく——こういう言い方したら偉そうかもしれないですけど——もったいないなーって思います」

「そうですかねえ」鬱野の言っていることは的を射ていた。

「なにがやりたいんですか?」

「なんだろう。うーん。動画とか作りたいかな?」

「いいっすね!やりましょう」

「やっぱりいま若者がなにを楽しんでいるかって考えると、YouTubeってのが一つあると思うんですよ。本も読まれないし、映画も観られないし」

「すごいっすね。僕全く同じこと考えてました」

「うん。かと言っていま活躍してるYouTuberが本当に面白い動画を作ることができてるのか?って考えると、まだ余地が残されてると思うんです」

いつのまにか私も鬱野のように熱心に語るようになっていた。

ちなみに私が語っている内容は、本当にいつも考えていることだった。いま、たとえば小説を書いたり、音楽を作ったりしても、そこに興味を持ってくれる人はほとんどいない。だとしたらYouTubeで目立つことによって、私個人にまず興味を持ってもらい、そこから私の作る別のコンテンツを楽しんでもらってもいいのではと考えていた。私にもそういうどこか青臭い発想がまだ残っていて、そのことは鬱野も肯定的に受け入れてくれた。