羽目の外し方⑥
鬱野を含めた4人が私に注目した。上裸で叫んでいた男はすぐに観客が一人もいなくなったことに気づくと、開いていた大股を閉じ、やけにシュッとした姿勢になってこちらに近寄ってきた。シュッとしつつ、上裸だった。
「こちら、水草さんって言って、なんていえばいいんだろう……?」
そう言って鬱野は半笑いで私の顔を見た。私の肩書をどうするか、という話だろう。私自身も私がなんなのかわからなかった。
「無職、でいいですかね?」
と、鬱野は笑った。
「いいですよ」
私も笑った。私には無職以外の属性はないのだ。表面上全く気にしていないように装ってみたが、プライドは傷ついた。
まず、騒いでいた上裸が鳥居。大学を一留して5年生らしい。叫ぶのをやめてから一言も喋らない。眉毛が太く意思の強そうな顔をしている。今はそそくさと服を着ている。服を着ないと、終戦間際の日本兵みたいにかわいそうなくらいガリガリだ。
ギャラリーの4人の中の紅一点が告訴ちゃんだ。告訴ちゃんはSNSでも顔の一部をスタンプで隠した自撮りなどで人気を博しているらしい。丸顔で垂れ目で小柄なところが庇護欲をそそるのだろうか。着てる服が絶妙にダサい。
告訴ちゃんの隣にいるのが月宮だ。本名ではないらしい。告訴ちゃんの彼氏で、SEをやりながら、音楽をやったり、ブログを書いたりしている。ブログの広告費でけっこう稼いでいる。髪の毛先を常にいじっている。
鳥居もなかなか不気味だが、さらに不気味なのがエクスタと名乗る太った男で、たぶん100キロくらいあるのだろう。100キロくらいありそうなのに、髪が長い。特にもみあげと襟足が長い。プロレスラーみたいな髪型だ。前髪で目元が隠れている。癖っ毛。ちょっとテカテカしている。太っているなら清潔感は大事にしてほしいと私は思うが、こういう意見はポリティカル・コレクトネス的に問題がある可能性もあるので、なんとも言えない。しかし、爽やかとは言い難い風貌だ。服も、よくわからないダボダボの真っ黒な布みたいなものを纏っている。ヨウジヤマモトだったりするのだろうか。現在は主にニートをやっているらしいが、話しぶりは一番腰が低く、丁寧だ。
「鬱野さんとはどういった経緯で知り合ったんですか?」
「SNSで、どちらからともなく……フォローしたって感じですね」
私は答えた。
「そうなんですね。僕も鬱野さんとはSNSで知り合いました。ちょっと怖い人だと思ってたんですけど、いい人ですよね」
エクスタは鬱野の方を向いて「昔の鬱野さんほんと怖かったんですよね。よくネットで喧嘩してたし」と微笑んだ。
「エクと会う頃はだいぶ落ち着いてたよ」
「水草さんは童貞なんですかー?」急に告訴ちゃんが無垢な少女を装ったかのような媚びた口ぶりで話しかけてきた。
「いや、童貞では、ない」
とっさのことに返事がカタコトになってしまった。
「めちゃめちゃ童貞の返しじゃないすか!」
と鬱野が突っ込んでくる。
「告訴ちゃんは月宮とは会うまでは超ヤリマンだったんですよ」
「おいやめろよ」
月宮が嫌そうな顔をする。
「いやだってそうじゃん」
「そうだけど」
「いや、そうだけどじゃねーよ!」
告訴ちゃんが月宮の肩を殴る。私は一連のやりとりに寒気を覚え、彼らを直視できなくなる。泳いだ視線が鳥居のそれとぶつかる。彼と私には何か通じるものがあるようだ。わかっている。こういった茶番劇を適当に乗りこなすのが社会性というものであり、いちいちそのくだらなさに過敏に反応する方が、コミュニケーション能力の低さを物語ってしまっている。無職でいかなるコミュニティにも属していなかった私にとって、この場は非常に重要な足がかりである。スカしてばかりいられない。