生きたまま埋めるのはかわいそうだよ

シュールな世界観がいいね~って棒読みで言って

羽目の外し方⑦

春先といえども夜になると冷え込みも強くなり、外で立ち話を続けるのもなかなかつらくなってきた。「どこか移動する?」と鬱野が提案するが、エクスタの「そうですねぇ」という、一見肯定のようだが実は肯定でも否定でもない返答以外は、誰も何も言わなかった。私は正直に寒いと言った。ときどき、会話の輪の活性化には一切参与しないが自分の欲望だけは表明する人というものを、一定の集団において観測することがあるが、今の私がそれだった。

告訴ちゃんが月宮に小声で何かを伝えている。おそらく告訴ちゃんはストレートな要望の表明をしているが、それは集団において発せられるには相応しくないのだろう(たぶん「もう帰りたい」とかだ、どうせ)。月宮が駄々っ子を宥めるような表情で応対している。何往復か小声でやりとりがあり、意見がまとまると月宮が発表した。

「僕らちょっと寄りたいお店があるんで、この辺で失礼します」

月宮の様子を見ながら私は、政治家の空疎な放言をまとめて形にする官僚のようだと思った。この比喩は百点中何点だろう。

鬱野、鳥居、エクスタ、私で、白木屋に移動した。さほどテンションは上がらない。

「じゃあ、これ、何に乾杯だ?わかんないな。おつかれーっす」と鬱野が言って、我々はビールのグラスを接触させあった。告訴ちゃんと月宮が離脱したことは少なからず我々のモチベーションに影響を及ぼしているようだ。鬱野は「いやー水草さんほんとね、こんなボンクラの集まりに来てくれて……」と心にもないことを言って無理して会を盛り上げようとしている。なんだか申し訳ないような気になったので私も盛り上げようと「ボンクラって響きがまたいいですよねー」と適当なことを言ってしまう。みんなが反応に困っている。私は失態を取り戻そうと「鳥居さんはさっき公園にいたときとか、いまとか、どんなことを考えているんですか?」と今度は心から思っていることを言った。しかしこれは逆にクリティカルすぎた。鳥居の顔がみるみるうちにこわばっていく。一瞬、鳥居以外の三人で「これ、大丈夫か?」と顔を見合わせる。こういうときは一般に、「実際よりも時間の経過がはるかに長く感じられた」などと表現することがままある。しかし、ここではさほど間もおかずに

「告訴ちゃんと付き合いてえー」

と絞り出すような声を出して鳥居は項垂れた。

一同が急に沸き立った。鬱野は冗談まじりに鳥居の肩を強く抱き、エクスタは「わかるよ」と言わんばかりにうんうんと頷いていた。私は「告訴ちゃんってそんなにかわいいか?」と思っていたが、みんなが盛り上がっていることに何よりホッとしたので、水を差すようなことは言わず、嘘じゃない笑顔を浮かべていた。「告訴ちゃんそんなにかわいくない説」を唱えることは、ここでは「常に世論に対して逆張りすることで知性をアピールするフェイク言論人」に堕すことにも似ていた。しかしそんな私の考えを読み取ったかのように鳥居は

「告訴ちゃんはね、顔だけで考えたらすごいかわいいとかじゃないですよ。それくらいはわかってます僕も。ただ僕はあの性格悪そうな感じがたまらなく好きなんです」

「実際悪いよな」

「そう、それで月宮と付き合ってるじゃないですか。月宮と付き合うなんてめちゃくちゃセンスないですよ、はっきり言って。月宮は告訴ちゃんに振り回されたりしないですからね。適切にコントロールしてますから、アイツが告訴ちゃんを。ふつうに他の女とも遊んでるし。俺ならもっと告訴ちゃんを満足させられますよ。めちゃめちゃに振り回されて泣き言いう役なら負けませんよ。そういう情けない俺みたいなやつが周りに何人もいてはじめて告訴ちゃんは輝くんじゃないですか」

「何人もいていいんですか?」

「いいんですよ、逆に興奮します」

「鳥居はエモの人だな」

「僕は至って冷静ですよ。ロジックの人です」

鳥居は「告訴ちゃんに捧げる詩」を朗読するなど、なかなかに場を暖めてくれた。彼は自分の興味関心のある話題になると生き生きとできるタイプのようだった。そして、めずらしいことに、それが面白い。そのため、「自己主張が強い」という印象を与えないことに成功していた。自分自身をコンテンツ化することに長けているのだ。私は鳥居とは違う。どういう場にいてもモブとしてしか機能しない。私は……。なんだか落ち込んできた。